
最初は単純に、その美しい音色に魅せられて手にしてみたのだが、扱う側にまわってみて、軽い気持ちで首を突っ込んだ事を後悔することになった。それ以来、日進月歩にはほど遠く、3歩進んで3歩下がる状態を繰り返している。
同じ民謡を練習する場合でも、唄三味線と違うところは、ひとりでは練習できない、あるいはやりにくいということである。「唄いながら吹けない」からなのだが、そういうこともあって、月に1回の練習会に参加している。
最近、この練習会の人口が増えてきて、活気が出てきたのだが、そうなると、笛の数も増えてくる。実際に合わせてみると、三味線と同じでそれぞれに音色が違う。手作りのシンプルな楽器の良さなのだと思うのだが、ますます、この世界の難しさを考えさせられてしまう。
「八重山民謡やるんだったら、笛も練習すれば、はやく上達するよ、息も長くなるし。」なんて言ったの、誰?
八重山出身でもなく、子供の頃から唄っているわけでもないので、発声も発音もデタラメ=自己流である。発音の方は、繰り返しネイティブの音を聴くしかない。
しかし、発声の方は、毎日の積み重ねだと思っている。2〜3日練習をさぼっていると、声が出ないのが、はっきりとわかる。だから、毎日八重山民謡を唄っていたいのだが、これがなかなか難しい。
最近の定番は、与那国の「どぅんた」である。理由は、「三味線を使わない曲である」「メロディーが覚えやすい」「最初低くて、後で繰り返し八まであがる」と、もちろん「好きな唄である」こと。
「三味線を使う」唄は、やっぱり一緒に練習したいし、「メロディーが覚えにくい(難しい)」唄は、工工四やお手本を参照したいし、どこでもというわけにはいかない。一度、運転中に「夏花」を練習していて、前のトラックにぶつかりそうになったことがある。
「最初低くて、後で繰り返し八まであがる」唄だと、唄い終わった頃に、ちょうど他の唄の練習が出来るようになっている。例えば、通勤帰りにやっておくと、帰宅後直ぐに、二揚の曲でも比較的楽に始められる。
「好きな唄である」から毎日唄える。「今日の日のお願いは何ですか?」「命果報をお願いします」「旅果報をお願いします」。「渡り難い」と書いてどなん(渡難)と呼ばれた島の唄だけあって、旅の厳しさが切々と伝わってくる。生っちょろい内容の「旅日記」を書いている自分がちょっと恥ずかしい。
とまあ、僕の場合なので、参考にならないかも知れませんが、皆さんはいつもどんな曲から練習を始めてますか?