沖縄県八重山地方のよもやま


by yaimauta
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c0007973_22483582.jpg昨日27日は、師匠が来阪されて、特別練習会があった。独唱指導は「小浜節」。今年受験予定の優秀賞の課題曲である。毎日練習している曲でも、師匠の前で唄うとなると、かなり緊張する。「コンクールの審査員より、師匠の前で唄う方が、ずっと緊張する。」と言った人がいたが、今ならその気持ちが良くわかる。練習をサボっていると見抜かれてしまうからである。

約3ヶ月に1回の個人指導だから、「前に言ったところが、直ってないね〜っ。」と指摘されることが一番つらい。次に聞いてもらえるのは、3ヶ月も先なんだから。さらに、今回は月の最初に沖縄で指導を受けているだけに、極端にスパンが短い。かなりヤバイ。

言ってるだけでは解決しないので、朝練に取り組むことにした。べっちーさんにいただいた師匠の音源を毎朝ヘビーローテーション、これがなかなかいいのだ。十二(G#)→一(A)→三(B)→四(C)と徐々に調子が上がっていくので、三味線無しで声出しからはじめて、三まできたところで三味線を付ける(四はもちろん使わない)。べっちーさん、有り難うございますm(_ _)m。

普段の3倍くらい汗をかいて、唄い終わった。師匠の評価は、「発声は良くなってるけど、工工四通りに唄ってしまってる感じがするね。こぢんまりまとまってしまって、小浜節のスケールが出てないよ。」

これって、普通なら、ショボンとする評価なのだが、「工工四通り」と言われて、妙に喜んでしまった。何せ、日頃「師匠の真似をせえへん。勝手に作曲してる。」と言われ続けているからだ(^^;)。

後で師匠に、それをお伝えしたら、「そんな前向きな受け取り方もできるんだね。」と半ば呆れておられた。ともあれ、「直ってないね〜っ。」が無かっただけでも、ホッと胸をなでおろしたのであった(^o^)。
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by yaimauta | 2005-02-28 16:44 | やいま唄

崎山節のふるさと

c0007973_13563851.jpgずっと探していた本と、やっとめぐり会えた。1990年発行の沖縄文庫の赤本「崎山節のふるさと」。八重山は西表島の南西部に位置し、すでに廃村になっていて、訪ねることができない崎山村に育った、川平永美という方(当時88歳)が、過去の記憶と記録を整理されたものだ。

「ゆくい頂あすび端(ぱな)登りょーり、」

ゆくい=くつろぎ、頂=いただき、高い場所、あすび=遊ぶ(憩う)端=飛び出した端っこの場所、へ登り、

遠く生まり島の波照間の方角に目を凝らし、故郷の島や残してきた人々のことを思ったという、今はもう多分探し当てることの難しいその場所が示された地図を、この本の中に見つけた。同様に浜辺の方に「野浜淵(ぬばまふつぃ)=ヌバンフツィ」も確認できた。

この唄の、何とももの悲しい旋律と歌詞に惹かれて、唄ってみたいと、思うようになって久しい。しかし、技術とセンスがないのは棚に上げ、旋律をなぞっているだけでは、唄にはなってくれない。
録音して聞いてみても、まるでいけない。情感を込めたつもりでも、その力みは、まるで別のベクトルをつくってしまっているし、さりとて、力みを抜いて唄おうとすれば、さらに、自分の唄に幻滅することになる。

それで、この場所に行ってみたい、そう、思った。それも、かなわぬとすれば、せめて、どんなところであり、どんな生活が営まれていたのか知りたくなったのだ。

「波照間の下八重山のうちから、女子二百(みどぅなむむ)、男子八十(びふなやす)、別離(ばぎ)られ、」

下八重山にある波照間島の住民から、女性二百人、男子八十人が選ばれ送り込まれた、

集められた広場で、ひとりの老婆が即興で唄い出すと、皆が泣き始めたので、困った役人は、特別にその老女を波照間に送り返したという。

話しは逸れるが、自分の思い違いにも気付かされた。女子二百(みどぅなむむ)の「むむ」は本来「百(もも)」の意味である。「二百(ふたむむ)」では、唄いにくいので縮めたということが、記されている。知らない僕は、これまで、「むむ=もも=百人のことです」と説明していた。申し訳有りません。

いつかは、唄えるようになりたい。そう思って、今、この本に取り組んでいる。
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by yaimauta | 2005-02-07 22:45 | やいま唄